電話番号を教えない彼女

593 名前:593 :03/06/18 19:07
友人が体験した話だ。 
その友人とは今も音信不通になっている。 
何か変なことに巻き込まれていなければいいのだが・・・ 

友人がまだ学生の頃、ある女性と知り合った。 
きっかけはナンパみたいなものか、映画館で隣に座った女性に 
声をかけたそうだ。 
一人で寂しげにしていた彼女がとても気になったらしい。 
友人は地方出身者で一人暮らし、バイトに明け暮れたせいで大学は 
留年。不意に訪れた無為の一日、同じ孤独を託つ相手に出くわした 
ような気がしたそうだ。 
その予感はどうやら的中し、女性も少しずつ心を開いていった。

楽しい時間が過ぎた頃、夜もかなり更けていた。 
そろそろ帰らなきゃ、と彼女が言い出し、友人はまた会いたいと 
素直に気持ちを伝えた。 
その時までに、お互い特定の相手がいないこと、都内で一人暮らし 
していることが分かっていたので、友人として付き合い始めること 
に何の問題もないと思われた。 
しかし、彼女は連絡方法を携帯のメールだけに限った。 

頻繁にメールのやり取りをして、互いの時間の都合に合わせ、 
何度かデートもした。しかし二ヶ月たっても、彼女は携帯の番号を 
教えようとしなかった。その態度は頑なで、友人も何か理由がある 
のだろうと思った。 

ある日、友人は覚悟を決めて、彼女に問い詰めた。 
「以前住んでいた実家で、ストーカーの被害にあったの」 
名前や顔さえ知らない男から、執拗に電話がかかってきたと、 
彼女は告白した。 
電話番号を変えても、絶対に調べ出してかけてくるという。 
「公衆電話からなんでしょう?だったら着信拒否にすればいいじゃん」 
イタ電のみのストーカー行為と聞いて、友人はそう返した。 
すると彼女は顔をゆがめて、首を振ったそうだ。 
そして、信じられないことを口にした。 

「どんな方法を使ってるのか知らないけど、電話中に割り込んでくるの」 

無線やトランシーバーなら、同じ周波数を使用している場合、それは可能だ。 
だが、電話に関してはありえない。 
「分かった。そんなことできるのかもしれない。で、何て言ってくるの?」 
友人は気を取り直して訊ねた。 
「私の悪口とか・・・・」 
彼女は目を伏せて、おずおずと答えたそうだ。頭がおかしいと勘ぐられるのを 
察しているかのように。 
「ストーカーて付きまとったりする奴のことだよね、今はそんなことない 
んでしょう?」 
彼女は弱弱しく首を振った。 
「短大に入ったくらいからずっとなの。最初は、今日どこで何をしてたとか 
誰と会ってたとか、ずーと私のことを監視してるみたいなことを言って」 
そして、堰を切ったように話し出したそうだ。 
「何度か携帯変えたり、着信拒否してりしてたけど、そのうち友達から電話が 
かかってきて取ると、いきなりそいつが笑ってたりとか・・・・あと部屋の 
様子を詳しくしゃべったり、私がどんな格好してるか言い当てたり」 

「私のこと、頭がおかしいと思ってるでしょう」 

友人は彼女の精神が病んでいると思った。 
それでも、なぜか見捨てる気にはならなかったそうだ。 
「分かった。今まで通り、メールで連絡取ろう」 

そのことがあって以来、友人は足繁く彼女のアパートを訪ねるようになった。 
友人の知る限り、彼女は絶対に電話にでなかったそうだ。 
彼以外に電話をかけてくるのは、母親と四五人の女友達だけだったが、 
着信があると、自分からかけ直すようにしていたという。 

ある夜、彼女がシャワーを浴びている最中に、彼女の携帯が鳴った。 
普段ならコール五回くらいで切れるのだが、それは留守電に切り替わる 
まで鳴り続けたそうだ。 
友人が着信履歴を見ると、彼女の実家からのものだった。 
何か緊急な用事かなと思いつつ、友人が携帯のディスプレイを見つめていると、 
突然着信音が鳴り出した。 
友人は咄嗟に電話を取ったという。 
もしもしという彼女の母親らしき声がして、友人は言葉に詰まった。 
「もしもし○○、聞こえてるの?」 
「あっ、○○さんは今電話に出られないんですけど・・・ 
えーと、僕は○○さんの友人で」 
背後に気配を感じて振り向くと、パジャマ姿の彼女が立っていたそうだ。 
「実家のおかあさんから」 
友人は驚いている彼女に、携帯を押し付けた。 

彼女は二言三言何かしゃべっていた。 
それから、突然眉間にしわを寄せて目を閉じたという。 
友人が不安になって声をかけると、彼女は泣き出しそうな表情で、携帯を 
手渡したそうだ。 

「キィーーーンていう音がしてるけど」 

友人は耳障りな金属音に混乱しながら、彼女に尋ねた。 

「お母さんからだったよね」 

「違う。お母さんになりすましてた」 

「どういうこと?」 

「あいつは私の中にいるの。だから、あいつの声は私にしか聞こえない」 

彼女はそう言って泣き伏したきり、何を言っても取り合わなかったそうだ。 
もどかしくなった友人は、彼女の実家に自ら電話した。 

「お母さん、今さっき○○さんに電話しましたよね?」 

「いいえ・・・、あなた、いったい誰ですか」 

それから一月ほどしたある日、彼女は職場で仕事中に倒れたそうだ。 
病院に運ばれて精密検査を受けた結果、脳に小さな腫瘍ができている 
とのことだった。 
友人は彼女に付き添い、彼女の実家に行ってしまった。 
その後、何の連絡もない。 

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