三つの人影

92 :1/4:2011/11/11(金) 22:56:41.36 ID:S4tVqtMr0
昔、市民吹奏楽団に入ったときの話し。
そこには知的障害っぽい男の人がいた。
知さんとしておく。
姿勢があまりにピッとしすぎていて、ガリガリに痩せていて、長身。
喋るのが苦手なようで、話そうとしてから声が出るまでかなり時間がかかる。
しかしフルートの腕前は篦棒に凄く、ソロ吹くときに情感たっぷりに聞かせるし、初見も難なくこなすのにパート練初期に無味乾燥だけどみんなが合わせやすい目印のような演奏も出来る人。
物静かで変な行動もとらず、無口で上手くて、みんなから敬愛されていた。
俺も最初は驚いたけど、こんな凄い人がいるんだ、と驚嘆していた。
んで四月に入団して七月末の合宿の時。
市民バンドだから学校の部活動と違って、合宿所には三々五々集まる。
時間が合えば車を持っている人が持たない人を拾って乗り付け、
合宿が終わったらその逆で、車を持ってる人が同じ方向の人を乗っけて現地解散。
まぁボーリング行くグループとか、合宿所が山だったんで渓流釣り行くグループとか、それぞれに分かれた。
俺はまっすぐ帰る組で、運転手のA、助手席に俺、運転手の後ろにB子さん、助手席の後ろに知さんが座って四人で一つの車。
合宿所でお昼ご飯食べて、他の行き先の連中と分かれて山を下るんだけど、こっから変な事が始まった。

走り始めてちょっとたって、物凄いスピードで暗くなっていった。
雨雲が出てきたんじゃなくて、あっという間に太陽が低くなっていって。
なんか変じゃね?と思ったんだけど、Aは運転に集中しているし、B子さんは寝ているし、知さんは話しかけても仕方がないし。
そのうちAも変だってことに気がついた。走り始めて一時間経つのにまだ山から出ていない。
Aが俺に「なんでまだ街に着かないんだ?」と言ってきたけど俺だって知らん。
ケータイは当然圏外。
一時間半、二時間経ってB子さんも目が醒めて「まだ?今何時?」と確認して沈黙。
(こんなとき、どうしたらいいんだっけ?)とオカ板なんかで読んだ記憶を呼び覚まそうと努力するが全然思い出せない。
完全に夕暮れになって(やべー)と焦ってきたんだけど、(ガソリンは大丈夫か)なんて思っていたら、Aが突然車を止めて、
「わりぃ、ちとトイレ」
と降りていった。
まぁ癖というか習慣なんだろうな、エンジン止めていきやがった!
キーは刺したままで行ったから、(最悪Aを置いて俺が運転して逃げよう)と思っていたら、Aが血相変えて戻ってきた。

口は叫び声の形なんだが、叫び声なんて出てなかった。
何が出たんだ?と思っていたら、Aの後ろに人影が三つ。
Aがドア開けて運転席に座って、ドア締めて、キーを廻すんだがパターン通りエンジンがかからない。
三つの人影がどんどん近づいてきてB子さんは「え?え?」と怖がりはじめる。
俺は車の左側とか前、後ろからも何か来やしないかと確認したが、それは大丈夫だった。
知さんはうつむいて、なんだか口をもごもごさせていた。
三つの人影はもう車のそばまで来ていて、B子さん身をかがめて絶叫、Aはバッテリーが上がっても構わんとセルモーター回し続けて、俺は(エンジンがかかっても後輪大丈夫だろうな?)なんて考えていた。
もう三つは窓越しに立っていたんだが、俺の脳は認識することを拒否したのか、顔が解らなかった。

んで三つが窓を叩こうとしたとき、知さんが自分の方の窓を凄い速さで開けて、
「○○○○!」と大声でなんだか名前を言いだした。
それだけでなく
「△△△△!××××!」と大声で言って、また
「○○○○!△△△△!××××!○○○○!△△△△!××××!」と
何度も繰り返した。
B子さんの悲鳴も大きくなるのと、エンジンがかかるのと、三つの動きがぴたっと止まるのが同時だった。
スタートダッシュで走り出して、後ろを確認したら、三つは俺たちを見送っていた。
道を曲がって三つが見えなくなったら、知さんも名前を呼ぶのを止めた。
車はすぐ街につき、午後七時を過ぎていてから飯でも食うかというか人混みの中にいたいと思ってファミレスにでも行く?と言ったら、AとB子さんは頷いたけど知さんは首を振って、駅で降りていった。
あの三つは何だったんだろ?という疑問もさることながら、知さんが言った名前は、あの三つが人間だったときの名前なんだろな…としても、なんで知さんが知ってるんだ?という疑問が湧くが、三人で話したって解るわけがない。
人心地がついてからB子さんを家まで送って、俺もキリのいいところで降ろして貰って、合宿が終了した。

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