左目

799 名前:1/4 :03/04/08 16:47
帰省をした時の話。 
工業系の営業もどきな仕事をしている友人S。 
ある時、飲んでいた時に、己に相談を持ち掛けた。 
「会社の事務所で子供が煩いんだよな・・・」 
「会社で子供・・・・・・会社の人の子供さん?」 
「んん?。どうだろ?。 
 話を聞くとそうじゃないかな、ってことらしいんだけど。」 
「わかんないのか?」 
「ああ、小学校が終わるだろ?。 
 その下校くらいの時間に事務所に来て、 
 オレの机の隣とかに居たりするんだけど、 
 他の人に確認する間もなく別のトコに行っちゃうからさ」 
「別の・・・・・・ソイツ等も煩いだろうに?」 
「うん。営業1課とかの事務所の方とかに行ってる時があって、 
 いいのかなぁ、と思う時があるけど。 
 営業1課って海外とかのハードな奴等だから神経ボロボロだし、余裕無いし。」 
「へぇ。そしたら、怒鳴られたりするだろうから、子供もすぐに行かなくなるんじゃ?」 
「いや、気付かれないからな。」 
「・・・・・・・・・煩いんじゃ、無かったのか?」 
「あぁ、うん。オレは煩いよ。 
 直ぐ横で覗き込まれたり、笑われたり、 
 ふざけて、どんっ!って腰にぶつかったりするし。 
 こっちは、急ぎの書類を上げてるのにな(溜息)」 
「・・・・・・・・・営業1課の奴等にはしないのか?」 
「いや、してるよ。」 
「・・・・・・・・・なんで気付かないんだ?」 
「いやぁ・・・その子供に気付いてるの、オレともう一人、 
 ちょっと話を聞いた、その人くらいだもん」 
己は、運ばれてきた、ほっけ焼きを解体しつつ、Sに頷いた。 
「成る程・・・・・・・・・・・・・。」 

「S君よ。それは己に相談しても仕方が無い、って言わんか?」 
霊感ゼロを自負している己は、とりあえず確認する前に言った。 
話の途中からしきりに顔の左側を気にしているSは左目を擦りながら 
「あ、いや。んで、相談はこれから」 
「・・・ほう?」 
流石、慣れている人間は違う。ここまでは状況説明か。 
「その子供がさ、ちょっと前からオレが気付いてるのに、気付いたみたいなんだよね。」 
「・・・他人の不幸ながら、マズイな」 
「んで、遊ぼう、って言う機会を何となく、狙ってる気がするんだわ。  
 っていうか、そのもう一人の人に聞いたら、明らかに声を掛けようといろいろ伺ってるらしいし。」 
その人の席は向かいらしい。つまり、子供の様子は丸見え。 
「・・・・・・お前は、気付かなかったのか?」 
「何となく、嫌な予感がしたから、その子供が近づいてきそうな感覚がしたら、席を立って、別の所に行ってた。」 
「追いかけてまでは来ないのか」 
「うん。何だか、一定の決まった所でしか動けないみたいでさ。事務所の受付ンとこと、 
 オレの居る事務所、それから繋がった、営業1課の事務所・・・ぐらいだったかな。」 
「・・・・・・何かいわれがあるんだろうな。多分。」 
「そうだろうね。でも、一々、聞いて回る訳にもいかんし。」 
「そうか。しかし、お前の机を他の部屋に移動できる訳でもないだろうしな。 
 話し掛けられるのは時間の問題か」 
「・・・・・・イキナリ、相談したい所をさっくりと切り捨てないでくれ・・・。」 
「しかし、その机で仕事してる以上、離れられん事もあるだろう?」 
「ある。」 
「やっぱり、時間の問題だ」 
「・・・・・・だから、相談してるんじゃないか」 
「・・・この際だから、話し掛けられてしまうのは仕方ないとして、その後の対処・・・・・・目にゴミでも?」 
Sは、しつこく左目をごしごしと擦っていた 
「あ、いや、すまん。なんか左の視界にちらちらゴミが浮いてるような気がするんだ。」 
己はその時、珍しく霊感というか、囁きじみたものを感じて、Sに聞いた。 
「・・・・・・・・・子供が覗き込んでくるのって、お前の左後ろからじゃないか?」 
「・・・・・・・・あっ。」 
左目を擦っていたSが、呆然と、その手を止めた。 

「確かに、いつも見てるのは左目・・・ってか左の視界。」 
己も話している時に何故かその子供がSの向かって右側(つまりSの左後方)から 
覗き込んでいるイメージで話しを進めていた。 
「・・・まあ、オレのはきっと、Sが左目をさっきから気にしてるから何となく、 
 気のせいで、だろう。暗示みたいな感じでな。」 
「・・・・・・ゴミみたいなのって・・・・・・」 
「・・・・・・左目、気を付けろよ」 
「・・・だから、相談してるのに・・・」 
「だから、何で己に相談かね?。まだ、Dとかのが霊感あるだろ?」 
共通の友人でSほどではないが霊感があるらしいDという友人が居た。 
彼の方が適任だろう。 
「いや、その・・・まあ、Dにも相談するけどさ」 
「己に相談しても好転しないと思うが・・・・・・ 
 アドバイスとしては、話し掛けられても無視するのが良いじゃ?、ぐらいしか。 
 そういうのって、大体、下手に相手をすると纏わりつかれて。という・・・」 
「やぱ、そう思うか?」 
Sは憂鬱そうな顔でうめくように言った。 
「てか、霊感無い人間にはそれくらいしか言えんだろう?」 
「・・・まあ、いいや。おっちゃん(己の仲間内の呼ばれ方)に話ができたし・・・・・・」 
この時の、Sの言葉は普段合わない己に怪談話のネタとして、この話題を振れたの 

で、まあ、いいや。 
と、思っているのだろう、という程度にしか考えたなかった。 

帰省も終わり、関東に戻ってある程度時間が過ぎた。Sの話はすっかり忘れていた。 
メールをチェックしていると、Sからのメールが届いていた。 

工場へ行った時に、ガス漏れ(というか噴出)事故があり、それに巻き込まれて、左目をやられた 

という話だった。 
その内容を見た時に、一瞬、ほっ、とした感覚があった。不謹慎だとは思わなかった。 
取りあえず、メールでは「死ななくて良かったな」と、励ましの返信を出して、次の帰郷の時に、また飲みながら話しをした。 
「・・・そう言えば、めでたく、左目を。」 
「ああ、うん。」 
その時は、もう、完治していて眼帯も何もしていなかったSが曖昧に笑った。 
「失明しなくて良かったなぁ」 
「っていうか、死ななくて良かったよ。」 
言うしても大袈裟か。と思って話を詳しく聞くと、そのガスというのがかなりケミカルな劇薬で 
(工場においてあるような物なので当たり前と言えば当たり前) 
目の粘膜から吸収された量だけでも致死量に成る可能性もあったのだと。 
「へぇ・・それで、良く失明しなかったな?」 
「いやあ、運が良かったのか・・・・・・・」 
Sは曖昧に酒を飲むと己を見て笑った。 
「・・・おっちゃんに話をしたから、耐性が出来てたんじゃないかと。」 
「・・・・・・どういうことでい?」 
「ガス、浴びちまう時、一瞬、子供の声がしたんだよ。小さい、女の子の笑い声。 
反射的にそっちを振り返ろうとしたんだけど、おっちゃんと話、したの思い出して振り返るの堪えたんだわ。」 
Sは自分の左後ろに手を翳すと 
「そしたら、そっちから、ぶわっ、ってな具合にガスが。」 
「・・・・・・振り返ってたら、直撃?」 
「うん。多分。いやあ、洒落にならん感じだった。脂汗でまくりだったし。」 
このSの感想を聞いた時、不謹慎にも思わず、失明しかけた、とのSのメールを見て、 
ほっとした訳が解ったような気がした。 
その時出した、返信通りの心持ちだったのだ。 
「死ななくて良かったな」と。 

その後、Sに話を聞くと、その子供は相変わらず居るらしいが、 
もう、Sには構わなくなったとの事。 
それからも、Sは時折、自分がやばそうな体験をすると、己に話をする。 
大体、話の内容が中々に深刻なので、笑って怖い話が聞けるからいいや、と構えてられない。 
Sよ。霊感がある人間が、霊感ゼロの人間に霊障の相談をするな。 
前例があるだけに、こっちは、怖くて仕方が無いぞ。 

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