センパイと本

220 :1/2[sage] :2010/03/04(木) 21:19:39 ID:fzblBc0G0
小ネタなのに長くてすまん。センパイの話。
センパイが会うなり憮然とした顔で、 
「本が古本屋に売れた。」 
と言った。 
本が古本屋に売れる、普通それは当たり前だ。

センパイは典型的活字中毒というやつで、とにかくいつでも本を手放さない人で、しかもどんな 
分野の本も読む。大型書店に入ったら各階で買い物をするような人だ。 
だから本の置き場もいつも困っていて、過去に何度か意を決して本を減らそうと思ったらしい。 
それは本自体が好きなセンパイにとっては身を千切るほどつらい決心だったようだが、 
それほどの思いをして荷造りしても、結局本を売りに行くことができなかった。 
荷造りする度に、定期券、家の鍵、財布など出かけるのに必要な物が何かしら無くなるからだ。 
出かけるのを諦めて荷を解くと、どこからか出てくる。 
定期券なんか、振ってまで確かめた本の間から出てきたそうだ。 
もう諦めたと言って、それ以来センパイの家の本は増える一方になった。

なのに最近突然、売ろうという気持ちが起き、実際に紙袋2つ分の本をまとめて、何の問題も無く 
古本屋に着き、売れた、と言う。 
「新しい本ばかりだったからなぁ。」 
最近の新刊本は根性が無い、とセンパイは言う。 
なんというか、この家の本棚に並んでやるぞ、さあ読め、という気合とか執着が感じられないそうだ。 
「気持ちが薄い。もしくは無い。」 
だから簡単に手を離れたと。 
最近は、本を読む人自体が減っているというし、軽く読める物が好まれているし、作る側も読む側も 
思い入れが薄いのかなぁ、などと話をした。

本の側の気合に加えて、センパイ自身の『本』への思いも薄れてきてるんじゃないですか、と 
言ってみた。 
センパイ自身、自分の変化に薄々気づいているのか、 
「かもなぁ。」 
と寂しそうに言った。 
センパイは片づけが得意ではなくて、部屋は大抵散らかっているが大量の本だけはいつもきちんと 
分類されて書棚に収まっていた。 
どれだけ増えても、不思議と本の納め場所だけは作りだしていた。 
なのに今、この部屋には服と一緒に新刊書が床に転がっている。 
視線に気づいたのだろう、センパイは 
「九十九神が憑くのとかとは逆、自分と物との結びつきがほつれていく過程を見ているのかなぁ。」 
とその本を拾いながら言った。
傍目には本への思い入れ過剰なだけのメンヘラチックな会話だ。 
センパイはかつて超能力、交霊、大予言、第三の選択、戦士症候群といった世紀末オカルト伝説の 
真っ只中にいた人で、当時の話は中ニ病そのもの。だが、笑い飛ばせない一面もある。 
オカルトのカオスの中では、己と己を取り巻く世界との結びつきはとても濃厚で、そんな中で 
生きてきたこの人が、その世界との薄れ、ほつれと、手放した本の寂しさとを重ね合わせている 
ように感じ、しばし沈黙してしまった。


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