道を尋ねた老夫婦

380 名前:大阪人 :03/02/24 18:18
去年の夏です。雨の夜でした。 
残業が長引いて、私は人通りもない帰り道を急いでいました。 
近道の路地に入ると、年老いた風の、男女二人連れが、ゆっくりとこちら側へ向かってきました。 
お爺さんが銀色の自転車を押し、その後ろからお婆さんが、お爺さんに傘を差しかけて、自分は少し濡れながら歩いています。 
譲り合ってようやく傘同士がすれ違えるような狭い路地なので、私は立ち止まって道を譲りました。 
するとお爺さんが、「××病院はどこかいな」と、私に尋ねてきました。 
その町に長い私でしたが、心当たりの病院がありません。困って、後ろのお婆さんを見ると、 
片手を拝むように目の前にした後、私が歩いて来た方を指差し、もう一度、拝むように頭を下げました。 
ああ、このお爺さんは、きっと少し呆けているんだな。そういえば、着ているものもパジャマみたいだし。 
そう思って私は、お婆さんの指差すまま、「あっちです」とお爺さんに告げました。 
「おおきにな。あっちやな。ホンマに、オカンは何さらしとんのや。 
 オカンおらへんかったら、ワシ道全然分からへんがな。ホンマおおきに。」 
ブツブツ言いながらお爺さんは歩き出し、お婆さんは、また私にお辞儀をしながら後に続きました。 
きっと呆けてしまって、奥さんがついて来ている事にも気がつかないのだ。 
何となく可哀想に思えて、何気なく振り返ってみると、 

そこには、お婆さんしかいませんでした。 

お爺さんも、自転車も、どう目を凝らしても見えないのです。 
その路地は、大きな工場の裏手で、どこにも隠れるところはありません。 
雨の夜とは言え、シルバーの自転車と、ネルっぽいパジャマだけを着たお爺さんを、見失うわけもありません。 
お婆さんは、傘を何も無い空間に差しかけて、自分は肩を濡らしたまま、ゆっくりと歩いていきます。 
その姿が、路地の角を曲がって見えなくなるまで、私は怖くて動けませんでした。 

後から思い出すとおかしな話です。 
まだ、消えたのがお婆さんだったら、普通の幽霊話で済んだのに。 
ありがちの体験談からちょっとはみ出している気がするので、こちらのスレに書き込みしました。 

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