謎の事件

これは謎の多い事件である。 
サイモンは異常出産のため、左半身が麻痺していた。髪は洗わず 
伸ばしっぱなしで、いつも口をあけていた。首の筋肉が萎えている 
せいで頭蓋を支えていることができず、いつも頭が左にかしいでいた。
 
 彼が18になったとき、両親が離婚した。サイモンはこれを機にひとり 
暮らしを始めたいと主張した。周囲は反対したが、やがて負けて、 
これを許している。サイモンが怒りっぽく偏屈で、
「他人の干渉を受けず、 隔絶した人生が送りたい」と常日頃から口に出していたせいもある。 
 サイモンが20歳になったとき、福祉局が彼の両親に手紙を出し、 
「彼の生活ぶりを把握しているかどうかを確認したいのですが」と言った。 

 まず母親が様子を見に彼を訪ねた。彼女はそのまま行方不明となった。 
彼女の姿が見えないことに気づいた隣人がサイモンを訪ね、 
「お母さんはどこに行ったの」と訊いたが、息子は「ガスがどうのこうの」と 
意味不明のことをぶつくさ言っただけで、ドアをばたんと閉めてしまった。 
 次に父親が訪れた。彼もまた、それきり姿が見えなくなった。 

 隣人の通報を受けて警察が彼の家を捜索すると、山ほど溜め込んだ 
ゴミとがらくた、腐った食べ物、それとたくさんの猫の屍骸の皮が見つかった。 
庭の隅のタンクには得体の知れないどろどろした液体が入っていたが、 
そのタンクの底から発見されたものが2つ。ひとつは短剣で、もうひとつは、 
彼の父親の大腿骨にはまっていた人工関節だった。 

 警察はこの液体は溶剤であり、彼が両親の死体をこれで溶かしたと 
考えた。しかし警察の研究所では、この液体でなにも溶かすことが 
できなかった。 
 サイモンは最初に刑事に向かって、 
「あんたを告訴してやる」 
 と言ったきり、2度と口を開かなかった。 
 下水溝からは血液が採取され、鋸の刃からは骨髄らしきものも 
見つかった。だがありとあらゆる検査を行なったにも関わらず、結果は 
シロだった。両親の有機的痕跡は一切なく、この家からはふたりの 
指紋はひとつも見つからなかった。 
「うす気味わるいったらない――人工関節の一部はあっても、 
指紋がないなんて」 
 と、捜査員たちは溜息をついた。 

 サイモンは警官や鑑識が家の中を入れかわり立ちかわり捜査している 
間、ただ何事もないように座って新聞を読むか、宙を見つめていた。 
彼はまさに彼自身の望んだ『隔絶された人生』を生きているように見えた。 
 死体はとうとう発見されなかったが、警察はサイモンの逮捕を決定した。 
しかしそれは結局かなわなかった。警察が家に着いてみると、サイモンは 
砒素を飲み、自殺していたからである。一言の自供もないまま、彼は 
この世を去った。 
 サイモンの死後、庭の木の根元から猫の死体と共に、防油紙で丁寧に 
包まれた眼鏡が見つかった。間違いなく彼の父親のもので、いたるところに 
脳組織がこびりついていた。 
 サイモンの両親の死体は今も発見されていない。 

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