343: 声1:2011/07/22(金) 11:28:33.24 ID:+eNqpK4B0
引っ越して三ヶ月、大家のじいさんが亡くなった。
すると息子がやってきて、ボロアパートを新築するから出て行って欲しいと言った。

貧乏学生だった俺は当然のようにごねた。
引っ越す金と時間がない。当分無理。

40くらいの息子は条件をだしてきたので、似たようなアパートをそっちで手配してくれ。
それと敷金、礼金、引越し代全て負担するなら、すぐにでも出て行く。
俺が妥協案を出すと、その週の土曜日に運送屋がやってきた。
そして、あっという間にそのアパートからちょっと離れた物件に入居することになった。

木造モルタル二階建て、1DK、ユニットバス付、築30年くらい。
外観は若干マシ、何よりも家賃が同じで、ユニットバス付が嬉しかった。
内心息子と不動産屋に感謝したくらいだった。

銭湯通いと共同トイレから解放されたが、コンビニや外食には不便なこと
もあり、それまで寝るだけだった部屋で過ごす時間が増えた。
この部屋なら女の子を招くこともできるし、金があればデリヘルも呼べる。
そんな期待さえでてきたが、仕送りなしの貧乏暇なし生活が変るはずもなく、
彼女とかは儚い夢に過ぎなかった。

あいかわらずバイトと学校で毎日くたくた。だが引越して以来、
休みの日は外出もせず、部屋で過ごすことも多くなった。

そんなある休日。部屋で地味に試験勉強してたら、壁越しに女性の笑い声が聞こえてきた。
角部屋の隣人はサラリーマン。ほとんど不在で、これまで
話し声はおろか、テレビの音さえ聞こえてきたことはない。

しかし見た目は普通で30代前半、彼女がいてもおかしくない。
俺は勉強よりも隣人がやるであろう行為が気になった。
男と女が部屋にいれば、いつ始まってもおかしくない。

思い余った俺は壁にコップを押し当て、耳を澄まして気配を窺った。
物音はせず、なぜか甲高い女の笑いしか聴こえない。
後に気がつくが、それが事の起こりだった。

その日から一週間くらいして、夜になり再び女の声が漏れ聴こえた。
俺はそっと部屋を出て、外から六世帯の部屋をチェックした。
十時過ぎくらいだったと思うが、隣も下も部屋の明かりは消え、人の気配はなかった。

平日ならだいたい隣人が部屋にいる時間帯だったが、ドアの開け閉めくらいしか聴こえてこない。
みんな他人の迷惑にならないよう、ひっそり暮らしている感じだった。

アパートは最寄の駅から徒歩20分以上、まさに閑静な住宅地で、
時々人恋しくなることもあるくらい静かだった。

いったいあの声はどこから聞こえてくるんだ?
気になって仕方がなくなった頃には、三日おきくらいに女の笑い声に聞き耳を立てていた。
住人に女性は一人もいない。それがどこから聞こえてくるのか、
誰なのか、そして何を笑っているのか、俺は半年後に神経を病んだ。

いつしか女の笑い声はせつない喘ぎ声に変り、俺は眠れなくなっていた。
もう壁に耳を当てる必要もなかった。
女の声は俺の頭の中で聞こえ、俺の名前を囁き、俺を誘惑するようになった。
恐怖は全然なかった。ずっと夢だと思っていたし、女の呼ぶ声で眠りに落ちるようになっていた。

やがて学校やバイト先でも睡眠不足からミスが重なり、
数人の友人が気にかけてくれるようになった。

そのうちの一人がなぜか
「最近彼女できたろ。やり過ぎは気をつけろよ」と、
目の下にできたクマを笑った。

最も仲のいい友人から「どこで知り合ったんだよ、今度紹介しろよ」と言われ、俺は答えたそうだ。
「紹介はちょっと無理かな」俺は覚えていないが、はっきり言ったらしい。
「彼女は39歳の会社員で、ずうーと勤務先の男と不倫を繰り返してきたんだ。
やっと独身の男と知りあえて、結婚まで決めてたけど捨てらたんだ。
年はいってるけど凄い美人だよ。会社の受付嬢や秘書をやってたくらいだから」

友人は驚いて訊ねたという。
「どうやって彼女にしたんだ?てか、写真とかないの?」
この時の俺は笑みを浮かべ、うっとりしとた表情だったらしい。

「だから無理だって。彼女は首吊って自殺したんだよ。ずっと前に死んでる。
あと、知り合ったのは今住んでる部屋」

俺は友人によって命を救われたようだ。
けれど、今でも最愛の彼女を失ったような気がする。 

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