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電話 中編

とうま◆QOo/wCnU9w@特選怖い話:2021/08/29 22:57 ID:XyP9U2yg

背を小さく丸めてぽつぽつと語り出すSの姿を、俺はどことなく悲しい気持ちで見つめていた。
元々Sはどちらかというと大柄でがっしりとした体格をしていた。それが今は筋肉は衰え、ふたまわりも痩せたように見える。年明けに会った時には何ら変わらず、面倒見のいい兄貴分をやっていたのに、ここまで変わってしまうものなのか。
明らかに不健康にやせ衰え、重篤な病気を患ったと言われても何ら疑いを抱かないだろう容貌になってしまった友人。
席に着いたSが話始めたのは、よくあると言えばよくある、オカルト系ではテンプレートな話だった。
2週間前のこと。
久々に地元で集まった友人達で遊び、男も女も酒を飲み、さんざん騒いだあと心霊スポットに行こうという算段になった。
誰も幽霊や心霊現象を信じていないから話はエスカレートする。何も起こらなかったら興冷めだし、どうせなら県内でも1、2を争うやばいところに行こうと決まった時にはもはや異様なテンションで嫌だと言い出す事すらできなかった。
Sが下戸だったのも災いした。元々飲み会のあとの送迎役を引き受けていたのが、まさか心霊スポットへの運転手になるとは思っていなかったそうだ。
「ちょっと行って、多分すぐに女子が怖がって帰ろうって話になるだろうって。それが、あんな、あんな事に・・・・・・」
うつむき喋るSの目の下には濃いクマが浮かんでいた。きっとロクに眠れてもいないのだろう。
「お前、何処に行って何をしてきたんだよ。こんな酷い状態になるような何かしてきたのか?」
今までの経験で禁止されている事にはちゃんと意味があり、破れば相応の罰といえる現象が起きる事は理解していた。遊び半分の肝試しがどういう結果になるかも、巻き込まれた形ではあったがどれだけヤバイか体験している。
それでもたった2週間で俺が知っているSから、これほど憔悴して激痩せするほどの変化を見せた人間にはまだ行き会ったことが無かった。
3ヶ月の間、心霊現象に悩まされ姉のもとへ相談に来た女性でも、ここまで激変してはいなかった。あの女性を悩ませていたモノだって決して生易しい存在ではなかったのに。
「お前達N山に行ったんだろう」
姉の言葉に、Sはがばりと音が出そうなほどの勢いでうつむいていた顔を上げた。
表情は恐怖に強張り、けれど目が妙に爛々と輝いている。
「男5人、女4人」
「なんで・・・・・・なんでわかるんですか・・・俺まだ何も説明してないのに」
N山。姉の口から出てきた地名に俺はぞっとした。
N山には沼がある。ネットで検索すればすぐにわかる心霊スポットで、近辺ではたまに不審死が出ることで有名だった。
姉に以前、絶対に近づくなと渡された地図の中で大きな赤丸が記してあった場所だ。
ついにSは泣きながら、その夜起こった事件を語り始めた。


車2台で辿り着いたN山の公園駐車場は実にもの寂しい様子だった。
昼間でもあまり人が寄りつかないそこは草刈りなどの手入れもされず、木の枝も伸び放題で見るからに薄気味が悪い。
風は夜だというのに妙に生暖かく、だが誰もそんな事は感じないようで心霊スポットにはしゃいでいた。
「なんだっけー?道はあるけど沼に行っちゃうとアウトなんだっけー?」
「沼だか池だかに女の幽霊が出るんだろ?」
「早く行こーぜ。飲みなおしたいしさ」
てんでバラバラにわいわいと、山の奥へと分け入っていく。幸い、途中で人数分の懐中電灯を買ってきたので、集まっていればいくらかは明るかった。
心細さが少しはマシになる。
「ここって山の裏側に神社あるんだっけ?あんまよく知らないけど」
「足痛くなってきた。何にも出ないしつまんない。もう帰りたいよー」
「なんだよSそんな後ろにいて。まさかお前ビビッてんのか?」
「いやビビッてるわけじゃなくて、足場悪いなと思って。女の子達ヒールだしこの山道は辛いんじゃないかなってさ」
「S君やさしー」
内心では今すぐ帰りたいほどだったが、正直に言っても面白がられるだけだと、相手を気遣って帰る方へ話を誘導しようと試みる。
「でもせっかくここまで来たならやっぱり心霊現象の一つぐらい体験したいじゃん」
その時、友人たちの向こうに何か白いモノが見えた気がした。
目の錯覚かと思い、立ち止まってその白いものが何なのか目を凝らす。
ひゅっと自分の喉が恐怖に鳴る。
いる。道の3mほど奥、木々の間に。
ざんばらの長い髪の女。
肌は生きている人間の色をしていない。生白く、青褪めた死人の色。向こうの景色がうっすらと透けていた。
ソレがこちらを見ている。髪の毛と髪の毛の間から覗く、血走った目がじっとりと睨んでいる。
映画で観たことのある、『農民』といった風体のナニかに、友人達は気づかずにどんどんと近づいていく。
目の前にいるのに、見えていない。
「おい!!止まれって!!」
「はぁ?なんだ急に」
女の手には鎌が握られていた。大ぶりの、錆ついた鎌が。
男友達の1人に振り下ろされるまでは、一瞬の事だった。
ばたりと、先頭を進んでいた男が倒れる。
「ちょっと大丈夫!?」
「おい、どうした!?おい!!」
倒れた友人のもとへ皆が駆け寄り、その体を抱え起こした瞬間、悲鳴があがった。
「は?なんだよこの傷!!」
傷は深くは無いものの、肩口から腹の半ばぐらいまで一気に服と共に引き裂かれていて、そこから血がシャツにじわじわと染み出していた。
「とりあえず車戻って病院!」
「抱えるの手伝ってくれ!」
気絶した男の周囲でばたばたとあわただしく、皆が動く。
Sは動けなかった。女がまだ皆を睨んでいた。
見えていない。誰にも視えていない。
女の口がぱかりと開く。
『『『ねんねぇん ころぉりよ おころりぃよ』』』
傷を負って倒れた男の口から、女の声の子守唄が溢れた。
何重にも音が重なった、叫ぶような女の声の子守唄。
世界が歪むような、重なるような妙な浮遊感の後、友人達は不意に女に気がついたようだった。
今は血を纏わせた鎌を握る、ざんばら髪の女の幽霊に。
一瞬にして場はパニックになった。
男女問わず絶叫を上げながら、我先に女から離れようとバラバラの方向へ走っていく。
車の方へ戻ればいいものを、誰一人として来た道へと引き返してこない。
『『『坊やは よいこだ ねんねぇしなぁ』』』
倒れていた男が白目を向いたまま起き上がる。その口からはいまだ子守唄が響いていた。
硬直したSは動くことも、逃げることもできない。
蛇に睨まれたカエルのように、女に睨まれてSの体は動くという機能を失ってしまったようだった。
その足にコツリと、何かがぶつかった感覚があった。
体は動かない。呼吸だけが荒い。視線が動かしたくないのに下へ下へと向いていく。
足元へ。
ぶつかったものへと。
右足下に何か小さい丸いものが転がっている。
見たくない・・・視たくない!!!!!!
土で汚れた、赤ん坊の頭が、首が無惨に引き千切れたソレが。
赤ん坊のその口から。
「だずげで、S」
今度は子守唄を唄っている友人の哀願する声が、零れた。
そこからは意識が無い。


気がつくと全員が沼のほとりにいた。
何人かは沼の中にふくらはぎまで水に浸して呆然と立っている。
沼の水は不思議と冷たくない。むしろ生温いほどで、何故か「羊水か。お母さんの中だ」と自然に納得していた。
今思えば異様なことだとわかるが、その時は心地良いとすら感じていた。 
全員の首にはお揃いのように幾筋も、浅い切り傷が刻まれていた。
近くで女の子守唄が聴こえる。あぁ、自分の喉からだ。
「何よ・・・・・・何よこれ!?」
女友達の1人が正気にかえったようだ。
「みんなしっかりして!!戻ろう!!帰ろうよ!お願いだから!!」
うるさいな。子守唄が聴こえない。
バチンッと頬に熱い衝撃があった。焦点が合う。世界が鮮明になっていく。
「Sもしっかりして!手伝って!!みんなが沼の中に進んでいくのよ!!」
他にも2人正気づいて、沼の中に行こうとする友人達を必死に引き留めていた。ごめんと思いながら男友達を殴った。子守唄がやみ、ゆっくりと正気にかえっていくのがわかる。
「なんだよここ!?」
「おいやめろ!進むな!!」
残った友人達を全員で正気づかせ、ほうほうの体で沼から這い上がる。
ほっとした瞬間、暗闇の中で一斉にスマホの着信音が響いた。バラバラの不協和音が鳴り響く。
「もうやめて!!」
女友達の1人が、近場にあった石に向かってスマホを力いっぱい投げつけた。
バキッと音がして液晶画面にヒビが入り、音が止む。それをきっかけに、それぞれがスマホを石へ向かって叩きつけて、やがてあたりはしんと静かになった。
もう嫌だ。何もかも嫌だった。
最初にスマホを投げつけた女子が、目の前にわずかに見える道へと走り出す。足が傷つくのもかまわずに、ヒールを脱ぎ捨て裸足でその場から逃げ出した。
ばたばたと足音は続き、全員が駐車場を目指して駆け出す。遅れて走り出し、けれど何故か一瞬沼へと引かれるように振り返ってしまった。
女の上半身が沼の中心に浮かんでいた。まだ睨まれている。見える距離ではないのに、何故かはっきりとわかった。
そのまま背を向けて、ゆっくりと沼の中へ沈んでゆく。
背中には赤子をおぶっていた。頭の無い赤子を。


「そこからどうやって帰ったかは記憶にありません」
Sの告白は壮絶だった。
だが心霊スポットを甘く見てN山に立ち入った以外、少なくともこれほど酷い罰や災厄が降りかかるようなことはしていない気がした。
今まで経験した心霊現象は、もっとはっきりと因果関係がわかるものだった。
そこまで考えておかしな事に気づく。
テーブルに置かれた壊れたスマートフォン。これは新しく契約したものなのか?
「なあS、このスマホって」
新しいのを買ったのかと尋ねるより先に、
「戻ってきたんだ」
暗い声でSが呟く。
「次の日の夜になったら机の上にあった。何度捨てても戻ってくる。昼間は電源は入らないし、確かに壊れてるんだ。でも夜になると」
「勝手にスマホが鳴って、通話を始めなくてもN山で聴いた子守唄が流れ始める。そうだろう」
姉の指摘に、Sは必死な様子で頷いた。
「通話を切る事はできない。一定時間が経って子守唄が止んだ後、水音のようなものが聴こえて不意に静かになる」
「そうです。でもいつまた同じ事が起こるか不安で、毎日あの唄が聴こえて、怖くて、眠れなくて、何度も謝った。謝ったけど、許してもらえない。辛くて死にたくて、でも死んだらあんな風になるんじゃないかと思うと、死ぬのも怖くて」
もう耐えられないとSは疲れ切った顔で漏らした。この話をした時間で一気に年をとったようにすら見える。
「一緒に行った友人とその後連絡はとれたのか?」
「怖くて確認してません。俺だけなのか、みんななのか、それとももっと酷い事になってるかもって思うと確かめられないんです。情けないってわかってるけど」
助けてくださいというSの声は消え入りそうだ。
「あそこに行ったって奴は他にもいるし、そいつらはネットに書き込んでて、写真だってあげてるのになんで俺達だけ・・・・・・」
きみ、きみと脈絡なく九野さんが語りかけた。
「友達の中にN山近くの地元の子が混ざってたでしょう?その子が心霊スポットに行こうって言い出した、違うかな?」
穏やかな、人を安心させる語り口。
Sはしばらく考えるそぶりをみせて、やがて頷いた。
「じゃあきっと下見に行ったんだな。それで運悪く、君達は彼女に呼ばれてしまった」
「なんで俺達が・・・・・・」
「それはね」
「九野。やめろ」
姉が制止した。姉と九野さんの間で視線がぶつかる。姉は軽く睨んでいて、九野さんは嗤っている。
ものの30秒ほどで九野さんが肩をすくめ、それで九野さんはひいたようだ。
「助けてもいい。ただし条件がある」
「何ですか!?何でもします!!」
Sが必死な様子で立ち上がり、声を上げた。周囲の人間が何事かとこちらを見た。
「静かにしろ。座れ」
素直に再び椅子に戻り、集まっていた視線が外れていく。
視線が自分達から完全にばらけたのを確認し、姉はSへと語りだした。
「一つ、そのスマホを渡すこと。契約は解約していい。二つ、悲しいだろうが一緒に行った友人達には今後一生会わないこと。電話はもちろん駄目だ。仮に手紙が来たら見ないで捨てろ。三つ、この件に関して一切理由を問わないこと。忘れろ。四つ、家族を大事にすること。以上だ。これが守れない場合、身の安全は保障できない」
「それだけ、ですか」
2週間苛まれ続けたSにとっては、拍子抜けするような条件らしい。
「それだけとは?」
「お祓い?をしてもらうのにお金がいるとか」
「金銭はいらない。代わりに君は今日、8人の友人を失う。それはもう一生戻らない。軽くはないと思うが?」
Sは考えこんだ。苦渋と、それにまさる根強い恐怖がうかがえた。
「他のみんなも、助かりますか?」
「あぁ。君が条件を守ればみんなが助かる。みんなを助けると思って、友人の事を忘れろ。連絡は決してとらないこと。あとは心霊スポットに付き合うなんて馬鹿な真似を二度としなければ、そんな怖い目には逢わずにすむ」
「わかりました」
 テーブルの上のスマホを差し出し、姉が受け取る。九野さんは何故か少し残念そうにしていた。
「よろしくお願いします」
「引き受けた。もう子守唄は聴こえない。友人のことは縁が無かったと思え。忘れろ」
深々と頭を下げて、Sは カフェを出て行った。
藁にもすがるしかないし、Sは姉を信じるしかないのだろう。
姉は俺にただ働きはしないと言っていた。手伝ってほしいとも。つまり俺はこれからこの件に関して何かさせられる。
「俺には事のあらましを訊く権利があるんだろうな、姉君様」
少しばかりの嫌味を込めて言うと、姉は笑った。
皮肉気でない、素直で明るい笑顔で。
「3日前の件を含めて、肉体労働と引き換えに」
それならば乗りかかった船、あるいは毒を喰らわば皿まで。
きっちり納得のできる終わりを与えてもらおう。

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