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かわき石

とうま◆QOo/wCnU9w@特選怖い話:2021/08/22 19:29 ID:VZdfdSnA

4つ上の姉の話だ。
何故かはわからないが「赤い鬼」にまつわる因果に深く関わりがあり、不思議な出来事によくよく遭遇する姉。他人には見えないモノと聞こえない世界を知りながら、あっちとこっちの境界線を飄々と歩いている、そんな姉だ。
小学生の時に引っ越して、七不思議を初めとして通う小学校では色々あったが、たぶん当時の姉が最も嫌がった出来事が小学校6年時に遭遇したこの事件だと思う。
俺も巻き込まれた形で、この件には直接関わっている。
小学校段階で降りかかった実害レベルも、あれが最大だったんじゃないだろうか。


「かわき石」。それがその石の名前だった。


正確な由来は知らない。
けれど校舎が尋常小学校と呼ばれていた頃から、その石は学校の中庭にあったという。
昔は信仰の対象であったとも、祖父母から聞いた。
母が通っていた頃にもその石はずっとあって、けれど詳しいことはだんだん忘れられていたという。ただ、大事にしなさい、と先生達には教えられていたそうだ。
かつてはきっと大事にされていたんだろう。


俺達の代ではそれは「呪われた石」として有名だった。
触れると呪われるて、必ず不幸に見舞われる。
その話のせいか、児童達も中庭にはあまり集まることはなく、昼休みでもそこはいつも閑散としていた。中庭のすぐ近くが校舎裏の杉林で、うっそうと生い茂る杉が陰を落としてなんとなくいつでもうす暗い場所だったせいもあるかもしれない。
俺も「かわき石」と呼ばれるその石を、間近で見たことがある。
もちろん友達数人と一緒にだ。


大きさは横20cm、縦10cmぐらいだったと思う。
当然触ってないから重さはわからない。
石特有のゴツゴツとした感はあるものの、全体的につるりと光沢があるような石だった。
中庭にごろごろと転がっている具通の石とは一目で違う事がわかる。
赤と橙と黄色を混ぜたようなで色合いで、一番特徴的だったのが滑らかな表面に年輪に似たはっきりとした模様があったことだ。
その時は格別嫌な感じも何もしなかった。

男子は面白がって、
「お前触ってみろよ」
「なんだよ怖いのか」
「じじばばが触ったらダメだってウルセーもん。先生も」
と集まっては冷かして、結局誰も触らないというのが日常だった。
怖くて不思議なことには子供は結構貪欲だ。

ところでうちの隣には、N君という姉の一つ下の学年の男子児童がいた。
一見細見なんだが、乱暴なことが好きというか、物や人に危害を加えるのが好きな、ちょっと問題行動のある子だった。
何かの拍子にキレて、教室の机を先生に向かって投げ飛ばしたり、同じクラスの女子を殴って、泣いて鼻血が止まらなくなるまで殴って、先生に押さえつけられたことがあるような子だ。
N君がどうしてそんなことをしてしまっていたのかは、未だにわからない。普段は普通の性格だし、変な行動もしないのにどうして、と当時の俺は不思議に思っていた。
家が隣同士ということもあって、それなりに交流も持っていた。
姉も混ざって一緒に遊んだことも多い。

突然暴力をふるう以外は、わりとどこにでもいる小学生だった。
当時学校でオカルトがブームになっていた中では珍しく、N君はオカルト否定派だった。
N君曰く、
「幽霊いるとか信じてる奴らって全員馬鹿っじゃねーの。盛り上がって、実際みたことあんのかよ。連れてきてみろよ。お前らみんな嘘つきでバカ、バーカ、バーカ」
完全に馬鹿にしていた。
姉はその辺はどうでもよかったらしい。そういう現象に関してどう思おうが個人の勝手、というのは姉が小学生の時からのスタンスだ。


信じたきゃ信じればいい。
否定したければ否定すればいい。
ただ、何かをしたら無関係ではいられない。縁ができて、報いや恵みをもたらすこともあると、あまり小学生の段階ではオカルトに関して語ってくれなかった姉が、俺に教えてくれたのはそんなことだった。


それはいつもと何もかわらない日。
昼休みに騒ぎは起こった。
女子たちの悲鳴と、「やめなよ!」という焦った声、それから男子の「やれるもんならやってみろよ!」という、なんだか喧嘩でも起こってそうな声が聞こえてきた。
騒ぎとしてはまだ小規模だったが、体育館と中庭が近かったのでバスケをして遊んでいた俺にも偶然聞こえたという感じだ。

何事かと思って駆けつけてみると、「かわき石」を手にし、大きな庭石の上で仁王立ちしたN君の姿が目に飛び込んできた。
N君は叫んでいた。
「こんなもの信じてる奴が死ね!呪われて死ね!」
まずい、完全に凶暴なスイッチが入ってしまっている。
止めようと近づく誰かがいると、そいつに向かって石を投げつけるような仕草で威嚇する。
騒ぎを聞きつけた姉か先生がきてくれればと思ったが、それは少しばかり遅かった。
2階から駆け下りてきた姉が声を張り上げる。

「N、何する気だ!!」
「俺は信じてねーから!お前ら馬鹿なやつらとは違うんだ!!呪われて死ぬとか、絶対ありえねえんだよっ!!」
「誰もお前が死ぬなんて思ってない!やめろ!!それ以上口にするんじゃない!」

姉の制止を振り切って、N君の両腕が地面に向かって振り下ろされる。
ばきっ、と乾いた音が響いた。集まっていた児童が静まり返る。
「かわき石」は渾身の力で固いコンクリート地面に叩きつけられたにも関わらず、粉々になることはなかった。
ただ、ありえないほどきれいに、真ん中からばっくりと二つに割れていた。

「ああ・・・・・・」

姉の苦渋に満ちた溜息が聞こえた、瞬間だった。
地面に割れた断面をさらしたままの石から、黒い靄のような何かが空へと立ち昇っていくのが、俺にも見えた。
目をこすってみたが、消えることはない。
そして、他の児童には黒い靄は見えていないようだった。もちろんN君にも。

「ほらみろ、何も起こらないじゃねーか!呪いなんか嘘っぱちなんだよ!!」

N君は大きな石の上で勝ち誇った表情をしていた。
なーんだ、と言わんばかりに興味を失った児童たちが中庭から数を減らしてゆく。
その間も、黒い靄、というか煙に似た何かは空に昇り続けた。おおよそ一分ほど、風で消えることも揺れることもなく、ただ真っ直ぐに空に吸い込まれていった。

やがてN君もどこかへと昼休みを満喫しに姿を消し、残ったのは俺たち姉弟だけになった。
姉は昼休みの時間ぎりぎりまで、その場所にとどまって「かわき石」を見つめていた。

「今後一切何があっても、あの割れた石には触るんじゃないぞ」
強い口調だった。
「何か起こるってわかってるなら、ねーちゃんに何とかできないの?」
一瞬姉は悲しそうにして、
「信じていない者は、謝ることもできないからな。何もしてやれない。『存在』を受け入れていない者が禁忌を犯して、それなのに報いを回避するっていうのはほぼ不可能だと思う」
何やら難しいことを言っていた。


昼休みの騒ぎなど嘘だったように午後の授業が始まり、放課後を迎えても、何も起こらなかった。
ただ、N君が「かわき石」を割ったという事は、ほぼ学校のみんなが知るところとなっていた。
若い先生たちは石を一つ割ったぐらいならと、逆に楽観的な空気だった。年を重ねた用務員さんだけが、難しい顔をしていた。

帰り際、用務員さんが姉に声をかけてきた。
「『とや』のぉ、あんたどうするつもりだね」
「どういった形で起こるのかわからない以上、待つしかないです」
「難儀だな」
「本当に」

軽い会釈をして、用務員のおじさん(おじいさんに近い)は仕事に戻っていった。
俺たちは家に戻り、いつも通り次の日の学校の準備をして、夜9時過ぎには眠りについた。


バリバリバリバリイイイイィッ!!
聞いたこともない音に驚いて目が覚めたのは真夜中。
暗闇に目が慣れるまで時間がかかるはずなのに、外がいつもより明るかった。
時刻は二時過ぎ。ちゃんと真夜中だ。
二階で一緒に寝ている両親の姿がなかった。姉はその頃には自分の部屋を与えられていたから、俺一人が部屋に取り残されている。
寝ぼけた目をこすって、一階に降りると明かりがついていて、玄関も開いていた。
少し離れた場所に、祖父母と両親、姉の姿がはっきり見えた。
違和感を感じながらも外へ出て、俺は音の正体がなんだったのかを知り、驚愕した。

隣家との境には5メートルほどの敷地があり、そこにはN君の家の人が何本も木を植えては世話をして、わりあい立派な木庭があった。N君の敷地へはそのまま繋がっていて、一番傍には立派な松の木が枝を伸ばしていた。
その松が、真っ二つに割けて燃えている。
ようやく俺は違和感の正体に気付いた。こんな真夜中に、玄関のあかりだけで家族の姿があんなにはっきり見えるわけがないのだ。
轟々と燃える炎に照らされていたから、全員がくっきりと見えたんだ。
姉の側に駆け寄ると、
「シルシだ」
と呟いたのが聞こえた。


怯えた隣の住人も全員出てきていて、燃える松の大樹を眺めている。
燃え盛る火の勢いはかなりのもので、ほどなくして消防車が到着し、消火活動を始めた。
だが、これがなかなか消えない。普通ならばすぐに鎮火しそうものなのに、まったく火の手は衰えることなく、ついには家の端に燃え移った。
煙は昼に見たものによく似た黒い煙で、それでいて立ち上る量は比べものにならないほどだった。
応援を要請する緊急連絡が出され、結局三台の消防車で鎮火にあたり、結局N君の家は半焼した。


雨も降らない、雷の気配も無い、そんな夜の出来事だった。

火事の後、N君はますます乱暴になり、それが原因でみんなが怖がって近寄らないようになっていった。
数日後、やはり放課後に用務員さんに行き会った。
「災難だったな」
「えぇ、まあ。即座に『シルシ』が来るとは思いませんでした。せめてもう少し時間がかかるかと思っていましたが、見通しが甘かった。さすがに容赦が無いですね」
「神様は本来恐ろしいもんだ。仕方ない」
「あの!」
俺は思い切って二人の会話に割り込んだ。
「『かわき石』ってなんだったんですか?用務員さんは知ってるみたいだけど、火事と関係あるんですか?それに『シルシ』ってなんなんですか!?」
俺の問いかけに、用務員さんはおっという顔をして、
「何も教えてないのか」
「必要があることと、聞かれたことには答えてますよ」
「じゃあ何も知らんのと一緒だな」
にか、と用務員さんが親しげに笑った。心なしか側にいる姉の空気も柔らかい。
「用務員さんはね、前に私がこの土地の伝承とか、風習とかを社会の勉強で調べた時に一番お世話になった人だよ。この土地のことにとても詳しい」
だから親しげだったのか。姉が民俗学者みたいなことをしているのは、大人たちの間で結構知られていることだ。子供がフィールドワークらしきことをしていると、年寄たちは面白がってお茶に読んで話を聞かせる。
「とやの坊主、『かわき石』ってのはな元は学校に通う子供たちを守って下さいって神様にお願いする時の道具だ。人間が使ってるもので言えば電話みたいなもんだ」
「電話?」
「『彼我来石』と、本来はこう書く。彼は神様。我はお願いする人。神様が自分のところへ来る石っていう意味だな。学校の子供を守って下さい、それだけのものだ」
守ってくれるなら、やはり割ったのがいけなかったのかと問うと、
「割ったことも悪いが、学校の子供達を守るための神様だからなあ。その子供らみんなに『死ね』って言って割ったのがまずかったんだろうなぁ」
「『シルシ』っていうのは?」
「この神様は陽に属する神様なんだ。坊主には難しいか?陽は火に転じて、正しく来ると玄関に蝋燭の灯りみたいに小さい炎の印が残る。今回はN君が悪いものと判断されたんだろう。松は神様が宿るもんだって言われるから、割られて燃えたならN君の家は神様に守られる資格無しって罰が来ちまったのかもなあ。火勢は神様がそんだけ怒ってたんだろう、たぶん」
「しかしこれで、本当にこの学校を守るものがなくなってしまいましたね。私が最後の卒業生で良かった。新校舎の着工も順調みたいですし」
「あぁ、玉串捧げたんだってなぁ。お前さんが地鎮にいったなら、新校舎はまず問題ないだろうさ」
用務員さんの話は難しかった。俺は半分も理解できたかどうかといったところだ。
そしてあの日と同じように、会釈して「さようなら」と帰り道を進んだ。

「用務員さんも見える人?」
「あの人は感覚が鋭い人だ。気になるなら本人に話を聞くといい」
「ねーちゃんは本当に何もできなかった?」

納得できてない部分だったので、直接聞いてみた。
少し黙ってから姉は、
「無理だな」
言い切った。
今までいろいろな事柄をどうにかしてきたことを知っている俺としては、何故今回に限って駄目だったのかがわからない。
「用務員さんは電話みたいなものと言ったが、正確にはあれは神様と自分の間に縁を繋ぐものだ。縁を繋いで一時的に強くし、子供たちを守るという願いを届け、神を招くもの。けれど神様でなくとも縁は繋げる。ましてすでに繋がってる縁があるなら」

意味がわからない。

「石にはちゃんと魔除けの印があったが、それでも私があの石に触っていたら、もっと酷いことが起きていただろうさ。『赤い鬼』との縁を深めるなんて死んでもごめんだ。絶対に嫌だ。それこそ何が起きるかわからん。お前は大丈夫だろうが、間違っても石の欠片に触るなよ」

すとんと、語られた理由が収まるべきところに収まったような気がした。
それで絶対に無理なのか。

「石の魔除けって何だったの?」
すでに失われたものは確かめようがない。

「なんだ、気付いてなかったのか。さんざん眺めに行ってたのに」
バレていたらしい。それでも基本的に放任してくれるのがありがたい。

「石に年輪みたいな模様があっただろう」
「うん」
「中心がくっきりとした濃丸型。石の形は菱形に近くて、中心の丸を取り囲むように年輪上の模様が広がっている。もう一度頭の中で模様を思い出してみろ、何かに似てないか?」
「えー」
何かと言われてもと考えて、俺は記憶を探って石の模様を思い出す。似てるもの。似てるもの。
「!!」
「わかったみたいだな。あれは『目』だよ。あの目を通して、神様と言われるナニカは全て見ていたんだ。目は魔除けになるというけれど、、割れたその中には良くないモノが溜まっていた。お前も見たんだろう?家が燃えていた時とよく似た黒い煙が石の中から出ていったのを。私たちは本当はナニに見られていたんだろうな」


空に吸い込まれていった黒い靄を思い出す。
わかるか?と問いかけられたが、当然答えることはできなかった。

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